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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5464号 判決 1957年2月12日

原告 全明治屋労働組合

被告 株式会社中央亭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告は昭和二十九年十二月二十八日成立の原被告間の労働協約に基き別紙第一記載の者に対し、基準内賃金を別紙第二記載の如き賃金体系に基いて支給すべき義務あることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、被告は宴会貸席並に料理業、飲食料品の販売及び喫茶店の営業並に和洋菓子、冷凍菓子類の製造販売などを業とする株式会社であつて、従来訴外株式会社明治屋(以下単に明治屋という)の一営業部門であつたが、昭和二十九年七月十六日右明治屋から分離独立し明治屋の一部従業員は被告会社の従業員となつた。また従来存在していた明治屋のいわゆる子会社、関東明治屋商事株式会社及び関西明治屋商事株式会社の二社の外、被告とほぼ同一時期に明治屋の営業部門から分離独立した株式会社明治屋食品工場、株式会社三島農園、株式会社中央亭(被告の他に大阪、神戸各一社)がある。

二、原告は明治屋及び前掲各子会社の従業員の過半数以上を以つて組織する労働組合である。もともと、右各会社の従業員を以つて組織する労働組合には名古屋以東の事務所に勤務する従業員を以つて組織する明治屋従業員組合と大阪以西の各事務所に勤務する従業員を以つて組織する明治屋関西地区労働組合とが存在していたが、昭和三十年五月三日両組合は合同して原告が組織され、原告は右両組合の権利義務を包括承継したものである。

三、昭和二十九年十二月二十八日原告の前身たる前掲二組合と被告を含む明治屋系各会社との間でその従業員の同年九月一日以降の基準内賃金を別紙第二記載の如き賃金体系に基いて支給することに合意が成立した。その経過の詳細は次のとおりである。

(一)  昭和二十九年九月二十五日原告の前身たる前掲二組合は共同して明治屋系各会社に対し、同年九月一日以降の賃金につき賃金体系の各項目を引上げること、それによつて賃金平均支給額を一万九千円とすること及びこれに附帯した若干の待遇改善を要求して要求書を提出し、会社側と団体交渉の結果、同年十月一日に同年九月一日以降の平均給与額を一万八千八百四十二円とすることを骨子とする協定に達し、同年十一月二十五日増給の細目については会社で平均給与額の増加に伴つて起る諸事実の調査研究を遂げ成案の上改めて組合と協議するとの諒解事項を含む協定書に調印した。

もつとも右協定書には使用者側として明治屋代表者磯野長蔵のみが記名押印しているが、右磯野は被告を含む各子会社をも代理して記名押印したものであり、団体交渉の際も交渉に当つた使用者側委員は各子会社を代理して交渉に当り労使相互に合意に到達したのである。

(二)  右協定書の諒解事項に基いてなさるべき組合との協議は使用者側の調査研究が、意外に手間取り、同年十二月初旬に至り賃金体系中の本給に関する使用者側案の提示があつたので、労使双方により小委員会を設けて協議することとし、使用者側は明治屋の取締役及び総務部の職員を以つて専門委員とし、組合側もまた専門委員を選び小委員会を構成して協議の結果同年十二月二十八日に至り本給基準表につき合意が成立すると共に、これに附随して昭和二十九年八月三十一日現在の賃金体系中経験給、能力給、初任給、物価手当について同年九月一日以降若干の変更を行うことについても合意が成立した。別紙第二の賃金体系はこのとき成立した労使間の合意を成文化したものである。

右協議に当つた使用者側専門委員は明治屋の取締役及び職員ではあるが、いずれも被告をも代理していた。

四、右昭和二十九年十二月二十八日成立の合意は書面に作成されず且つ両当事者の署名または記名押印もなされていないが、労働協約としての法規範的効力を有するものである。即ち、組合員の労働条件に関しての準則を定めるところの組合と使用者との間の合意は本来的に法規範設定行為であると解すべきであるから、労働組合法第十四条の要件(書面の作成、両当事者の署名または記名押印)の存否は、労働協約の本来的効力ともいうべき規範的効力については何ら影響を与えるものではなく、ただ労働組合法によつて労働政策的見地から始めて創設された同法第十七条所定の協約の一般的拘束力を賦与するについてのみ右の要件を必要とするにすぎないと解すべきである。従つて、本件においても、右十二月二十八日成立の合意は右の要件を具備していなくとも法規範として、被告と当時の二組合の権利義務を承継したところの原告の組合員たる被告の従業員との間を規律拘束することは疑ない。

而して、別紙第一記載の者はいずれも原告の組合員で且つ被告の従業員であるから、右の合意の法規範的効力により、被告はこれらの者に対して請求の趣旨第一項掲記の如き義務があるわけである。

五、しかるに、被告はその後右の合意(労働協約)を無視した賃金体系規定を含む就業規則案を原告の前身たる組合に提示するに至り、右組合の反対にも拘らず、所要の手続を経てこれを強行制定せんとしたので、右組合は右就業規則案のうち賃金体系に関する規定(第三十一条)につき昭和三十年三月一日付をもつて反対意見書を附すると共に、被告と団体交渉を続け、暫定措置として昭和三十年三月三十一日付覚書を被告と右組合間で交換し、右覚書により、前記被告提示の就業規則案中賃金体系に関する規定について、昭和二十九年九月一日現在の総支給額(家族手当、技能手当を除く)を一、三八で除したものを本給とし残余を物価手当とすることを定めた。

かように、被告は前記昭和二十九年十二月二十八日の合意(労働協約)にも拘らず、これが成立を争い、却つて別個の賃金体系を実施しようとしているので、これが確認を求めるため、本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁

一、請求の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨の判決を求める。

二、本案前の答弁

本訴請求には確認の利益がない。即ち、

(一)  本件訴訟において原告が確認を求めるのは、原被告間の権利関係ではなく、被告と訴外第三者たる被告の従業員との間の権利関係に属するものであつて、かような他人間の権利関係の確定について原告は法律上の利益を有しない。

(二)  本訴請求の趣旨中には時間的に過去に属する権利義務が含まれているが、これら過去の権利関係の確定については原告は法律上の利益を有しない。

(三)  原告が主張する賃金体系に基いて支給した場合に被告の従業員に支給される賃金額は、被告が現にその従業員に支給している賃金額と金額的には全く異らないのであるから、特に原告主張の如き賃金体系によるべき義務ありとなすにつき、なんら法律上の利益が存しない。

三、本案の答弁

(一)  請求原因第一項の事実はこれを認める。但し、被告は昭和二十九年七月十六日明治屋から分離独立したのではなく、同日設立されたのに止り、同年九月一日明治屋からその営業の一部の譲渡を受け営業を開始したものである。従つて同日以降明治屋の一部従業員は被告の従業員となつた。

(二)  同第二項の事実はこれを認める。

(三)  同第三項について。

昭和二十九年十二月二十八日原告主張の如き内容の合意が原告の前身たる二組合と明治屋との間で成立したことは認めるが右につき被告は何も関与していない。

同項中(一)に主張する同年十一月二十五日付協定書、それに至る経緯もすべて二組合と明治屋との間におけるものであつて被告は関与していないし、また、右協定書に明治屋代表者磯野長蔵が記名押印している点は認めるが、磯野が被告を含む各子会社を代理して記名押印したとの点及び団体交渉における使用者側委員が右各子会社を代理していたとの点は否認する。同(二)については原告主張の合意が明治屋と二組合との間で成立したことは認めるがその余は否認する。協議に当つた者が被告を代理していた事実は全くないし、またこれらの者は専門委員というような名称は与えられていなかつた。

(四)  同第四項の主張は原告独自の見解に過ぎない。

労働組合法第十四条の要求する形式的要件は、強い法的効力を有する協約の確実性を期するためのものであるから、この要件は極めて厳重なものと解すべきである。従つてこれを欠く場合においては使用者と労働組合との間の民法上の契約としての効力を認めるか否かは別論として規範的効力は有し得ないものである。

(五)  同第五項について。

被告が原告の前身たる組合に就業規則案を提示した事実は認めるが、右に対する昭和三十年三月一日付反対意見書には被告の就業規則が本訴において原告が成立を主張している協定ないし合意に違反するが故に反対するとの趣旨は見当らないし、また、右就業規則案をめぐる団交においても右の如き趣旨の主張はなされなかつた。而して同年三月三十一日付覚書は就業規則第三十一条が有効に存在することを前提として、原告主張の如き内容を協定したのであつて、原告の主張のように暫定措置にとどまるものではなかつた。即ち、組合の意見書を附して適法に届出た就業規則と右の覚書によつて被告従業員の労働条件の基準は確定したのである。

第四、証拠関係<省略>

理由

原告が本訴において請求原因として確認を求めている法律関係は、昭和二十九年十二月二十八日原告の前身たる労働組合と被告の代理人との間において成立した合意であつて、右は書面にも作成されず、且つ両当事者の署名または記名押印もなされなかつたが、組合員の労働条件に関する準則を定めたもので、使用者たる被告と原告の組合員との間を法規範として規律、拘束する労働協約であるというにある。

而して労働協約の法規範性については労働組合と使用者との間の組合員の労働条件に関する基準を定める合意が成立するときはなんら形式的要件を問うまでもなく、これに慣習法上の法規範的効力を認めようとする考え方を諒解できないではない。

しかしながら労組法第十四条は、労働協約が当事者によつて自主的に設定される規律の内最も強い法規範的効力を有するものであり且つその効力が全般的広範囲に亘る事実に鑑み、協約締結を慎重ならしめ且つ、協約の成立及び内容を明確にしてこれが確実性を期し、これにより規範的拘束を受ける関係者間における将来の紛争の惹起を未然に防止するため、書面の作成と当事者の署名または記名押印を要求し、この要件が具備されたときにこれに法規範的効力を認めること、従つて右の要件を欠く場合はかかる効力を認めない趣旨を明示したものと解すべきである。

右の点について原告は労組法第十四条の要件の存否は同法第十七条にいうところの協約の一般的拘束力を認める場合に限つてその要件を必要とするものであつて、その拘束力が組合員のみに限られるときには右の要件を必要としないと主張するけれども協約の法規範性をこのように区別して考察すべき根拠を見出し難い。

してみれば、協定に基く協定当事者間の権利関係の確認を目的とせず、書面に作成されない協定の直律的効力が組合員に及ぶことを前提とし会社と組合員間の権利関係の確認を目的とする原告の請求は右前提において既に失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

(別紙省略)

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